横山 彰人 著
第7章 親の援助
購入資金の半分程度なんとかなれば、住宅ローンと合せれば希望に合ったマンションを購入できるのではないかと、咲子なりに考えていた。
武夫は、子供のためという言い方が気に入らなかったが、仮に五年先に購入を延ばしても頭金をためるのがせいぜいで、咲子が希望するマンションも買えないことは年収からいって分っていた。内心咲子の父親から援助してもらえるのなら願ってもないことだと思ったが、何となく気が引けて、すぐ咲子に返事をしなかった。また長野の両親のことも気になった。
長男でもある武夫は購入した後、両親は咲子の父親から半分以上の資金を提供されたと知ったら、あまりいい気持ちはしないだろうという思いや、頭を下げてお礼を言わなくてはならないのも正直気が重かった。
しかし、父親は村の郵便局に勤める平凡なサラリーマンで、定年後は年金生活をしながら趣味の畑を楽しもうとしているのは、以前から聞いていた。そんな父親に購入資金を出してもらうことは期待できない以上結論は分っていた。
しばらくして、武夫は黙ってうなずき、新聞に目を下した。咲子の父はいい人だと思うが、何でも商売を優先し、人の心に土足で入ってくるような言い方が苦手だったが、援助を受ける以上、少々のことは我慢しなければならないと思った。せめて咲子の気性は人の良い母親似であったことが救いだった。
咲子としては言葉だけでも少しぐらい意地を見せて欲しかったと不満だったが、とりあえず了解を取りつけたことを素直に喜んだ。
咲子はお腹に子供が出来たことを両親に知らせて以来電話をしていなかったが、マンション購入の件もあり父親と話をした。
「お父ちゃん、生まれてくる子供の為にもこんな小さな社宅で子育てしとうない。京都の家みたいに大きな家で子育てしたい。それが子供の為になると思うんやけど、お父ちゃんどう思う」
咲子は最初から購入資金を出してくれとは言えず、父親の反応をうかがった。
「どう思うって言われたってわからへんわ。咲子は今の社宅が気に入っていると前言っていたんとちゃうんか。奥歯に物がはさまった言い方せんと何を言いたいんや早よ言うてみ」
勘のするどい父親は娘が何を言いたいか、察したように言った。
「今の社宅は気に入ってるけど、部屋が狭くて、子供にハイハイさせる場所もあらへん。いずれ社宅を出んならん以上、早くから一貫教育の出来るところに引越したいんや。その為には武ちゃんの組める住宅ローン以外にまとまったお金が必要なんや。お父ちゃんお願い、考えてみてくれへんか」
咲子は自分自身が社宅から出たいことを話さず、子供の幸せを願う母親の気持ちを切に父親に話した。
「お前も苦労してるな。だから京都に帰っていい婿さんをもろた方がいいと言ったやろ」
とひとしきり結婚前のことを持ち出し愚痴った後、「ほな、咲子が気に入ったマンションを選び。半分ぐらい出してやる。そのかわり後で売ろうと思ったらすぐ売れる物件を捜しや。不動産は売ろうと思った時売れないほど難儀なことないさかいな」
父親は商人の発想で資産価値の下がらない、売ろうと思ったらすぐ売れる物件ならお金を出してもいいということだった。そして
「咲子、この世の中何があるか分らんさかいに、マンションの名義はこっちが用立てた分咲子の名義にするんやで、いいな」
父親は万が一離婚した場合のことを考えて共同名義にしておけということだった。
「ありがとお父ちゃん、お父ちゃんのいう通りにするさかいに」
咲子は夫婦なのに共同名義という離婚を前提とした対処をしておくことに、水くさいようで嫌だったが、ここは父親に従っておこうと思った。
父は咲子の妊娠を知った時から、結婚に大反対をして武井家の印象を悪くしたことも忘れ、うれしくて問屋仲間に初孫の話をしていることは母親から聞いていた。
武夫との結婚を話した時、予想していたことだが、案の条父親は大反対だった。父親はもともと咲子に織物関係の人と結婚させたいと思っていたし、武夫の実家である長野も遠く、長男であることや、武夫の父親がサラリーマンであることも、商人としての気質と合わなかったようだ。
ようやく許されたのは、武夫の誠実さを分ってくれたことや、長男であっても長野に帰らない約束をしたからだった。しかし何よりも、咲子の性格からしてこれ以上反対しても無理だと思い、渋々認めてくれたいきさつがあった。