横山 彰人 著
第12章 めったに出ない物件
武夫が帰って、今日の吉川との話をしたら、「いろんな要望の中で諦める項目があれば、その分だけ物件が見つけやすくなるということなんだろ。とすると、ドアツードアで会社まで一時間以内という条件をやめ、二時間以内にしようかな」と言い出した。
「だめよ、会社まで二時間なんて。ますます帰りが遅くなって、私や光との会話が少なくなるじゃない。光とのスキンシップもこれ以上少なくなったらかなわんわ」
結局結論は出なかったが、しかし管理体制がしっかりしていれば、築五年ぐらいまでの中古マンションまで、選択の幅を広げようということは、武夫も賛成だった。
今年の夏はことのほか暑く、残暑が続く中でのマンション探しも疲れが残った。長かった夏もようやく終わり、季節はもう秋。探し始めたのは窓から見える欅の街路樹がほんの少し色づいた頃だったから、あれから一年過ぎたことになる。時の早さと多くを犠牲にして走り回ってきたことに、むなしささえ覚えた。長くても三ヶ月くらいで購入するマンションが見つかると思っていたから、まだ出口も見えない状況に焦燥感さえ覚えた。
そんな折、吉川から電話が入った。
「奥様、ようやくご検討して頂く物件が見つかりました。めったに出ない物件ですから、すぐ見て頂けますか。少し予算よりオーバーしますが、気に入って頂ければ値引交渉はいたしますので」と吉川はもったいつけるような、しかし彼自身少し興奮しているのが電話からも分った。
今までいつも、期待してもぬか喜びだっただけに気持ちを整えてから、「有難うございます。ところで、どんな物件ですか」と聞いてみた。
「今ご自宅にファックスを送りますので、至急検討して下さい。とにかく、南西の角部屋で奥様がこだわられている夕陽もきれいに見えますし、ベランダも広く駅に近く、スーパーも近いですからめったに出ない物件です。
前に住んでいた方が急にアメリカに転勤することになって、この際処分しようということになったそうです。場所は日本橋から地下鉄に乗って西船橋で乗り換えますが約一時間と少しです。大手不動産会社が開発して手がけた東京湾沿いにある高層マンションで、築四年です」とにかくすぐに見て、買い手がつかない前に手を打っておかないと流れてしまう、という話だった。咲子はファックスを見て良かったら明日にでも見に行くことを約束し、電話を切った。
間もなく送られてきたファックスを見たら、予算を四百万ほどオーバーしていた。しかし、吉川が言ったように二五階建ての二〇階で、南西の角部屋だから南と西の二面に開口部があってベランダがL型に廻っていた。確かに希少価値がありなかなか出ない物件だということは、これまでの経験から理解できた。
送られてきた販売図面には、〝眼下に街並と海、晴れた日は遠くに富士山。夕陽を見ながら上質な日々を約束します。〟〝駅、スーパー近至〟というキャッチが踊っていた。
咲子はベランダで眼下に街並を見下し、夕陽を浴びながら武夫とワインを飲む情景を想像し、胸が熱くなった。