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建築をめぐる三人家族の物語

横山 彰人 著

第19章 マンションには子どもがいなかった

また、ある家族にとって取るに足りないこと、全く気にしないことが、乳幼児をかかえこれから子育ての大事な時期を迎える家族にとって、大きなマイナス要因になってしまうこともある。次の問題においても咲子にとって不運だった。

このマンションは購入価格からして高級マンションに属しているので、入居者の多くは四十代後半から五十代だった。つまり住んでいる多くの世帯は、買い替えという二件目の物件でもあった。三十代で価格で言えば二千万~三千万の2LDKの広さで子育てをし、子供が成長した段階で売却し、その売却資金をもとによりグレードアップした形でこのマンションに入ってきた家族が多かった。いわゆる二次所得者で、咲子のように乳幼児をかかえている家族は殆んどいない。入居しているとすれば、若くして成功した事業家の家族か、咲子の親のように大半の資金を援助してくれて初めて入居可能なマンションだった。

従って日曜から金曜までの日中は、エントランスロビーにも中庭にも、子供の姿は殆んど見ない。土曜日や日曜日に光と同じ年齢の子供も見ることはあるが、入居者の息子や娘が孫を連れて訪れるぐらいのものだった。

初めてこのマンションを吉川と訪れた時、コの字型のマンション棟に囲まれた中庭を指して、「街の中の公園で遊ぶより、この中庭は外部から人が入ってこないので、安心して子供を遊ばせることが出来ます。これも付加価値の一つです」と胸を張って言ったので咲子もうずき、光と一緒にマンションに住む子供達と仲良く遊ぶ光景を想像した。今度はマンションの奥様達と仲良くしたいし、子供を通して家族ぐるみの付き合いもしたいと思った。しかし住んでいる年齢層は高く、いつも静かでガランとしたままだった。

住んでいる人の年齢層の確認までしなかったことが悔やまれたし、購入決定までにもう一度日曜日にでも訪れ、管理人さんの話や自分なりに調べれば良かったと後悔した。仕方なく近くの公園を見つけようと思ったが、なかなか良い公園は見つからなかったし、見つかってもいかにも埋立地に造った人工的な公園で、あまり馴染めなかった。